板尾創路の脱獄王 板尾創路
アングラ映画。石井輝男とかの世界なのではないでしょうか。うまい演出と言われてますが、そなんことよりも、吉本芸人がアングラ映画ど真ん中を作ったことのほうに衝撃を感じてもいいのでは? 脱獄王かっこよかったな。
マイマイ新子と千年の魔法 片渕須直
傑作。気持ちいい。動く絵の魅力とか、カメラの構図とか、声優の方言とか、音楽のスキャットとか。全部気持ちいい。明日の約束をしなくなった大人こそみるべき作品。真面目は強いんだと思わせてくれる。想う力は道徳を超える。それが悲劇にもエロスにも喜劇にもなる。今回は生きる力になった。これが物語の力。やっぱ触覚とか味覚とか嗅覚とか大事やな、ほんまに。今書きながら2回目みてる。
告白 中島信也
ちょっと前に見た映画ですが、評してなかったので書きます。実験的で暴力的でかっこいい映画ではあった。それこそ敬愛するキューブリックに迫らんとする映像。でも僕は、この「告白」に初見で欠けてるものを感じた。映画的であろうとするが故に、映画的説得力を得ようとするばかりに見失っているもんを感じた。具体的にそれがなんであったのかはDVD見たときに見つけたいと思います。もしかしたら間違ってるかも。でもキューブリックは決してそれを逃さなかったように思えんねんな。基本的には監督めちゃ好きです。サントラも買いました。
束芋 インスタレーション
国立国際美術館で見ました。職人肌ですね。予想よりエロかった、真面目やった、本気やった。全部があったからPOPだと、大衆的だと思いました。何かがかけたら表現になり得ないですね。(偉そうですが)でもまだいける。まだまだいける。
また映像見たら書きます。
2010年8月17日火曜日
書きまくり
久々ブログ書きまくり。
映画 さんかく 吉田恵輔
傑作。前半日本版ロリータで、ロリロリでエロエロで、後半はそれがこうじて痛くて痛くてたまらない。偉そうなこというけど、純喫茶磯部は吉田監督のTV的(テレ東的)な演出が映画という中で少し中途半端やと思ったけど、今回は、ああ、もう最高最高最高と思いました。古典的映画なんてぶっ飛ばして欲しい。そんなことより伝えることが大切。ラストシーンの言葉のない視線繋ぎは21世紀の邦画の可能性だと断言します。かっこいいです。すべての顔が神々しい。
映画 インセプション クリストファーノーラン
傑作。監督は物語を語ることに罪悪感がある人。つまり芸術家ですね。物語を語ることを物語にする映画。マトリックスとかジャパニメーションとかと同じ系譜というか。物語「これから、どうなんねん」と思うと同時に「どうなるか本当は知ってる」物語でした。どこかで語られたことのあるであろう物語(でも見たこと無い気もする物語)が、鮮やかに実写になっていることそれ自体に、とてもポジティブな快感を感じました。それは物語を消費しつくしたからこそ味わえる快楽ですね。僕はもう中盤から後半はにやにやしっぱなしやった。ダークナイトよりメメントより僕はこっちが好き。「物語よりも、現実」というテーマで「物語」を作らなければいけない矛盾を、時間をかけて丁寧に、何より面白い「物語」で語っていることが、とてもとても良いことのように感じました。脱線しますが、メディアリテラシーなんていう言葉は、この映画の主人公のような心情がないならただの遊びやん。
日韓日本の、これから NHK
言いたいことはわかったし楽しくもあった。けどけど、どうしても話をしている内容が日韓の若者にとって大切なことのようには思えない。大切なことってそんな簡単に人に話せることか?明日の晩飯は?セックスしたいとかいう欲望は?課長殴りたいとかっていう悩みは?もうそういうのはいいの?そういうのは素朴な日常の拘泥が、戦時下はそのまま歴史になったと思う。だから今の自分の些細な感覚や、五感を研ぎすますことで、僕は少しでも歴史に近づけたらいいと思う。このTVを見て、どっちでもいいと思ったことがたくさんある。妹様も見てたけど、僕の尊敬する妹様も「どっちでもいい」とおっしゃってました。
余談①
フジファブリック MUSIC
最高やった。
余談② 友人との電話
触発されることが多かった。どうでもいいことも、どっちでもいいことは考えなくて良い。考えたいことには一生懸命になる。勇気はすぐに怠けて、ぶくぶく太っていく。そんでそんな脂肪のついた勇気なんて、もはや勇気とはいえずグロテスクなもんになるんじゃないか。でもそれと気づかずにそんなグロテスクなもんを勇気やと思っているなんてアホじゃないか、そんなことを電話の話で思った。
映画 さんかく 吉田恵輔
傑作。前半日本版ロリータで、ロリロリでエロエロで、後半はそれがこうじて痛くて痛くてたまらない。偉そうなこというけど、純喫茶磯部は吉田監督のTV的(テレ東的)な演出が映画という中で少し中途半端やと思ったけど、今回は、ああ、もう最高最高最高と思いました。古典的映画なんてぶっ飛ばして欲しい。そんなことより伝えることが大切。ラストシーンの言葉のない視線繋ぎは21世紀の邦画の可能性だと断言します。かっこいいです。すべての顔が神々しい。
映画 インセプション クリストファーノーラン
傑作。監督は物語を語ることに罪悪感がある人。つまり芸術家ですね。物語を語ることを物語にする映画。マトリックスとかジャパニメーションとかと同じ系譜というか。物語「これから、どうなんねん」と思うと同時に「どうなるか本当は知ってる」物語でした。どこかで語られたことのあるであろう物語(でも見たこと無い気もする物語)が、鮮やかに実写になっていることそれ自体に、とてもポジティブな快感を感じました。それは物語を消費しつくしたからこそ味わえる快楽ですね。僕はもう中盤から後半はにやにやしっぱなしやった。ダークナイトよりメメントより僕はこっちが好き。「物語よりも、現実」というテーマで「物語」を作らなければいけない矛盾を、時間をかけて丁寧に、何より面白い「物語」で語っていることが、とてもとても良いことのように感じました。脱線しますが、メディアリテラシーなんていう言葉は、この映画の主人公のような心情がないならただの遊びやん。
日韓日本の、これから NHK
言いたいことはわかったし楽しくもあった。けどけど、どうしても話をしている内容が日韓の若者にとって大切なことのようには思えない。大切なことってそんな簡単に人に話せることか?明日の晩飯は?セックスしたいとかいう欲望は?課長殴りたいとかっていう悩みは?もうそういうのはいいの?そういうのは素朴な日常の拘泥が、戦時下はそのまま歴史になったと思う。だから今の自分の些細な感覚や、五感を研ぎすますことで、僕は少しでも歴史に近づけたらいいと思う。このTVを見て、どっちでもいいと思ったことがたくさんある。妹様も見てたけど、僕の尊敬する妹様も「どっちでもいい」とおっしゃってました。
余談①
フジファブリック MUSIC
最高やった。
余談② 友人との電話
触発されることが多かった。どうでもいいことも、どっちでもいいことは考えなくて良い。考えたいことには一生懸命になる。勇気はすぐに怠けて、ぶくぶく太っていく。そんでそんな脂肪のついた勇気なんて、もはや勇気とはいえずグロテスクなもんになるんじゃないか。でもそれと気づかずにそんなグロテスクなもんを勇気やと思っているなんてアホじゃないか、そんなことを電話の話で思った。
2010年7月24日土曜日
映画の感想
最近見た映画のざくっとした感想。
この自由な世界で ケンローチ
ケンローチの映画が面白いのは、基本白黒で語らない、語ろうとしても周囲の環境がそれを許してくれない、結果ビターズエンドになる。この映画では人材派遣会社を起こし、不法滞在をする移民に、不当な仕事を斡旋するシングルマザーが主人公。この主人公の生き方は決して倫理的じゃないが、パワフルで、光の当て方したいで悪にも正義にもなる。ドラマとして考えるならこの主人公の話を美談にする作家が多いのではないか。ケンローチの映画ではそんな「ずる」は許さない。何もそのことの事実を淡々と描くのではない。「ずる」を許さない、という編集をしているのだ。意思ですね。そこに感動する。にしても「自由」嫌い。「自由」はこの言葉を使う側の「楽したい」願望が透けて見える。「楽したい」だけなのに、良いことのように聞こえてしまう危険性のある言葉ですね。
机のなかみ 吉田恵輔
この映画も感動した。三角関係の話を面白おかしく語ってるんやけど、キャラクターに愛情があって、映画に愛情があって、あべこうじが素敵で、よかった。もう話法とか破綻してるんやけど、泣いてる女の子の独白をどアップで延々撮ってるシーンに感動した。自主映画っぽくて稚拙やけど、心が豊になります。吉田恵輔最新作「さんかく」見に行こうかな。この人は三角関係にとてもこだわりのある人なんかな。夏目漱石みたいやな。でも三角関係というのはサスペンスの緊張感が描きやすいから、映像メディアでは重宝するかも。
麦の穂をゆらす風 ケンローチ
第一次戦争後のアイルランド独立闘争の話。これも白、黒の間でもがく民の話。貧すれば、奪われれば、自分の権利とか奪われた内容とか、貧した自分の思いとかに厳密になるんやな。なるんやなじゃなくて、なってしまうのだ。アイルランドの悲しい歴史の話だけではない。ケンローチの映画くらいしか、このことを物語で見せてくれる映画作家はいない気がする。「ないもの」や「失ってしまったもの」に自覚的になってしまったあげく、もがいて、悲しい結末を迎える。ただ、じゃあ自覚的にならなければいいんだ!って簡単な教訓が得られる話ではないと思う。
比較的長い映画やけど、アップがほとんどない。カット割り以前の段階のシナリオやプロットが強いとこういうことが出来る気がする。
次は 純喫茶磯部 吉田恵輔 と ワイルドアットハート デビッドリンチ
見ます。
この自由な世界で ケンローチ
ケンローチの映画が面白いのは、基本白黒で語らない、語ろうとしても周囲の環境がそれを許してくれない、結果ビターズエンドになる。この映画では人材派遣会社を起こし、不法滞在をする移民に、不当な仕事を斡旋するシングルマザーが主人公。この主人公の生き方は決して倫理的じゃないが、パワフルで、光の当て方したいで悪にも正義にもなる。ドラマとして考えるならこの主人公の話を美談にする作家が多いのではないか。ケンローチの映画ではそんな「ずる」は許さない。何もそのことの事実を淡々と描くのではない。「ずる」を許さない、という編集をしているのだ。意思ですね。そこに感動する。にしても「自由」嫌い。「自由」はこの言葉を使う側の「楽したい」願望が透けて見える。「楽したい」だけなのに、良いことのように聞こえてしまう危険性のある言葉ですね。
机のなかみ 吉田恵輔
この映画も感動した。三角関係の話を面白おかしく語ってるんやけど、キャラクターに愛情があって、映画に愛情があって、あべこうじが素敵で、よかった。もう話法とか破綻してるんやけど、泣いてる女の子の独白をどアップで延々撮ってるシーンに感動した。自主映画っぽくて稚拙やけど、心が豊になります。吉田恵輔最新作「さんかく」見に行こうかな。この人は三角関係にとてもこだわりのある人なんかな。夏目漱石みたいやな。でも三角関係というのはサスペンスの緊張感が描きやすいから、映像メディアでは重宝するかも。
麦の穂をゆらす風 ケンローチ
第一次戦争後のアイルランド独立闘争の話。これも白、黒の間でもがく民の話。貧すれば、奪われれば、自分の権利とか奪われた内容とか、貧した自分の思いとかに厳密になるんやな。なるんやなじゃなくて、なってしまうのだ。アイルランドの悲しい歴史の話だけではない。ケンローチの映画くらいしか、このことを物語で見せてくれる映画作家はいない気がする。「ないもの」や「失ってしまったもの」に自覚的になってしまったあげく、もがいて、悲しい結末を迎える。ただ、じゃあ自覚的にならなければいいんだ!って簡単な教訓が得られる話ではないと思う。
比較的長い映画やけど、アップがほとんどない。カット割り以前の段階のシナリオやプロットが強いとこういうことが出来る気がする。
次は 純喫茶磯部 吉田恵輔 と ワイルドアットハート デビッドリンチ
見ます。
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